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青島の島民が困惑?猫の島へ行く方はルールとマナーを守りましょう! [観光]

皆さん”猫の島”ってご存知でしょうか?

日本全国にはたくさんの猫がすむ、”猫の島”と呼ばれる場所がいくつかあります。



宮城県石巻市に属する田代島(たしろじま)

神奈川県藤沢市にある湘南海岸から相模湾へと突き出た江ノ島(えのしま)

香川県高松市に属する瀬戸内海にある男木島(おぎしま)

香川県仲多度郡にある瀬戸内海の佐柳島(さなぎしま)

岡山県笠岡市にある笠岡諸島に属する真鍋島(まなべしま)

福岡県北九州市小倉北区に属する響灘にある藍島(あいのしま)

福岡県糟屋郡新宮町の玄界灘に浮かぶ相島(あいのしま)

佐賀県の東松浦半島の北の玄界灘にある加唐島(かからしま)

などなど



その中でも今、猫の島として注目を集めているのは愛知県大洲市(おおずし)の、瀬戸内海海上に位置する青島(あおしま)です。


青島は現在島民が17人しか住んでいないのに、猫の数は100匹以上いるといわれている、まさに”キングオブ猫の島”です(ホントか?)。

島をちょっと歩けばすぐに猫を見かけることができ、猫好きにとってはまさにパラダイスですね^^;

ですが、青島の島民たちは、かなり困惑しているようです。


というのもネット上で話題にされてから、猫愛好家たちがわんさか島を訪れるようになって、島民の生活圏を荒らされたり、むやみに猫に餌を与えすぎたりといった問題が挙げられています。

『島民のプライバシーが守れない』のだそうです。


もしこれから猫の島を訪れてみたいと思う方がいましたら、以下のことを心に留めておいていただき、ルールとマナーを守って猫に癒されに行ってください。



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ここ青島に限らず、猫島と呼ばれる多くの島はほとんど高齢者ばかりです。

小さな島で、以前までは静かな暮らしをしていた高齢者の方々にとっては、突然多くの観光客が訪れるのはあまり歓迎されません。

さらに青島の場合は、観光地化されていないのでお店や売店がありません
自動販売機もないそうです。

なので、島に観光に来られても、お金を使ってもらえるところがないため、島民たちにはまったくメリットがないのだそうです。

たまに人が訪れる程度なら、島民たちも嫌な顔はしないでしょう。
むしろ喜ばれるのではないでしょうか?

ですが、ネットでブームになったからといって、みんなでドッと押し掛けられたらどうでしょう?

ちょっと困りますよね。

それも島民は17人しかいないのです。

加えて先ほども触れたように、島民は高齢者ばかりですので、観光施設を運営できるほどの生活の余裕がないといっています。


猫と戯れるもは大いに結構なのですが、なにせ小さな島ですのでちょっと猫を追いかけただけでも、島民の敷地内に立ち入ってしまったというケースが、多発しているそうです。


一部のマナーのなっていない観光客のせいで、観光客はお断りなんてならないためにも、ルールとマナーを守って猫ちゃんたちや地元の島民たちと上手に接して行ければいいのではないでしょうか?



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大久野島のうさぎと毒ガスにまつわる歴史とは? [観光]

大久野島(おおくのじま)のウサギがなにやらツイッターで人気を集めているようです。

たくさんのウサギと触れ合えたり、うさ饅頭を見て和んだりと、ウサギ好きにはたまらない島のようです。


大久野島とは瀬戸内海西部、広島県と愛媛県の間に位置する芸予諸島(げいよしょとう)の1つです。

1934年(昭和9年)に、瀬戸内海国立公園に指定されました。

ちなみに、芸予諸島は、広島県と愛媛県の旧国名である安芸国(あきのくに)と、伊予国(いよのくに)から一文字ずつ取って芸予諸島と名づけられたそうです。



さて、大久野島ですが、この島は別名『ウサギの島』とも呼ばれています。

年間約10万人の観光客が訪れていて、一部のウサギ好きの間では『ウサギの楽園』とか、『ウサギの聖地』と呼ばれています。



この大久野島のウサギたちはおよそ700羽ほどいるそうですが、なぜこの島にこれほどたくさんのウサギが住んでいるのでしょうか?

諸説あるようですが、地元の小学校で飼われていた8羽のウサギが1971年に大久野島に放たれて野生化し、温暖な気候と天敵がいないという好条件が重なって、現在約700羽まで繁殖したのだといわれています。

その後に、国民休暇村や大久野島毒ガス資料館等の観光施設ができ、人になれた多数のウサギたちが観光客を出迎えてくれるようになったため、『ウサギの島』として知られるようになったようです。



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ところでこの大久野島は、ウサギとは別に暗い歴史を抱えています。

というのもこの大久野島は、第一次世界大戦時に地理的な条件や秘匿の容易さなどから、化学兵器の生産拠点にされていました。

別名地図から消された島』『毒ガス島』などと呼ばれています。


化学兵器は1925年のジュネーブ議定書で、戦争での使用が禁止されましたが、当時日本は条約に署名はしたものの、最終的に国のルールとして同意はしませんでした。

化学兵器の開発保有は日本の中では合法だったため、大久野島に毒ガス工場が1929年に建てられました。


大久野島では6,616トンもの毒ガスが生産されましたが、第二次世界大戦終期には戦局の悪化により化学兵器の生産は縮小され、通常兵器の生産に切り替えられました。

このとき一部の毒ガスは海洋投棄され、処分されたそうです。


そして第二次世界大戦終了後には、毒ガス工場は解体され、残された化学兵器は周辺海域へ海洋投棄されたり、火炎放射器によって焼却したり、大久野島の地中に埋めるなどして処分され、除毒措置も施されました。

しかし毒ガスの処分は十分ではなく、現在でも大久野島の地下4~5メートルの土壌では、高濃度のヒ素が検出されるなど、負の遺産を受け継いでいます。



こうした暗い歴史を風化させないよう地元住民の願いにより、1988年には大久野島毒ガス資料館が開館されました。

大久野島には現在も危険な土壌汚染地域や、倒壊の可能性がある建物もあるため、立ち入り禁止になっている場所も存在するとのことです。



現在の大久野島はウサギの楽園ですが、かつては毒ガス島なんて呼ばれていたのですね。

もし大久野島に遊びに行かれるのでしたら、ウサギと戯れるついでに、日本の歴史について学んでみるのもいかがでしょうか?


ちなみに大久野島は、ウサギの保護のため補助犬以外の犬の連れ込みは禁止されています。

さらにここのウサギは野生のもので、過度に追い掛け回したり、抱っこしたりするのはやめてくださいとのこと。

ルールとマナーを守って、ウサギと一緒にもふもふしてください(^_^);



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